最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)82号 判決 1997年6月30日
福岡市博多区綱場町五番一八-六〇一号
上告人
長末光正
右訴訟代理人弁護士
佐藤成雄
同 弁理士
鈴木正次
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 荒井寿光
右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第二九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年一二月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
"
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人佐藤成雄、同鈴木正次の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)
(平成九年(行ツ)第八二号 上告人 長末光正)
上告代理人佐藤成雄、同鈴木正次の上告理由
第一 上告の原因
1. 手続の経緯
上告人は、平成元年一二月四日別紙記載のとおり、「ゆりかもめ」及び「百合鴎」を二段に横書きしてなる商標(以下本願商標という)につき、指定商品第三〇類「菓子、パン」として商標登録出願(商願平一-一三七四八三号)をした所(甲第2号証)、審査官は「ゆりかごめ」と縦書してなる商標(以下引用商標という、甲第3号証)を引用して、平成四年三月二八日拒絶査定を送達したので、商標登録出願人(上告人)は同年四月二四日審判を請求した。特許庁はこの請求を平成四年審判第七四二八号事件として審理の結果、平成七年一二月一八日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をし、その謄本は、平成八年二月七日審判請求人(上告人)に送達された。
そこで、右審決を不服とし、平成八年二月二八日東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起した所、平成八年(行ケ)第二九号事件として審理し、その結果平成八年一二月一九日「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決をし、その謄本は平成八年一二月一九日原告(上告人)に送達された。
2. 判決理由の要点
(1) 本願商標と、引用商標との称呼について
「乙第3号証によれば、本願商標中の「モ」の音は、両唇を密閉した有声の気息を鼻腔に通じて発する鼻子音[m]と母音[o]との結合した音節であることが認められる。これに対し、乙第2号証によれば、「ゴ」の音は、「後舌面を軟口蓋に接し破裂させて発する有声子音〔g〕と母音〔o〕との結合した音節」であり、「ただし、語頭以外では鼻音〔〓o〕となることが多い」音であることが認められ、乙第1号証によれば、「共通語のガ行音は、・・・語頭では、破裂音の〔g〕で発音されるが、それ以外では、・・・鼻音の〔〓〕で発音される」(129頁右欄下から3行ないし130頁左欄7行)ことが認められ、これらによれば、引用商標中の「ゴ」の音は、鼻音となることが多いと認められる。そうすると、本願商標中の「モ」と引用商標中の「ゴ」の音は、母音[o]を同じくする上、鼻音として発音される共通性を有すると認められる。
さらに、これらの音は、明瞭に聴取し難いと認められる中間に位置する上、乙第1号証(932頁右欄)によれば、「ユリカモメ」の語の一般的なアクセントは、「リカ」の部分が高く発音され、それに続く「モ」は低く発音されるものであり、「モ」の音は「カ」音より低く発音されることにより、弱く聴取されるものと認められる。
以上によれば、引用商標から生ずる「ユリカゴメ」の第4音が「ゴ」と濁音であることを考慮しても、本願商標と引用商標とは、一連に称呼するとき、語調語感が極めて近似し、相紛らわしいものであると認められる。(判決二一頁5行乃至二二頁12行)」
(2) 本願商標と、引用商標との観念上の相違が称呼の認識に与える影響について
<1> 本願商標「百合鴎」は、鴎の一種として取引者、需要者間に広く知られているものと認められる(判決二三頁9行乃至16行)。
<2> 「ゆりかごめ」は、漢字よりなるものではなく、構成上一体不可分に表わされており、構成文字数も5文字であって冗長というほどのものではないことを勘案すると、語感が称呼の極めて類似した本願商標と引用商標との区別に寄与する程度はさほど高いものではないと認められる(判決二四頁15行乃至二五頁3行)。
<3> 本願商標と、引用商標とは、称呼における類似性が極めて強いものであるから、本願商標から「百合鴎」との観念を生じ、引用商標が「百合」と「籠目」との結合したものとの語感を与える余地があることを考慮しても、特に「ユリカゴメ」を聴取する者が、これを「ユリカモメ」と聞き違えることが十分予想されるものである。従って観念上の相違によって本願及び引用両商標が取引者、需要者に別個の商標として区別されるものと認めることはできず、この点の原告の主張は採用できない(判決二五頁8行乃至二六頁1行)。
(3) 商品取引の実情について「宣伝等で知った商品名に基づき商品を初めて注文しようとする際における称呼の重要性を否定することはできない」(判決二六頁15行乃至17行)。
(4) また商品を確認した上購入するとしても、ラジオによる広告、宣伝に接した一般消費者は、音声を媒体として記憶に残った商標より生ずる称呼を頼りに商品を購入するものと認められるから、そもそも紛らわしい称呼により間違って記憶した場合には、小売店で実際手に取って購入するとの点は出所混同の防止に意味がない(判決二七頁1行乃至7行)。
第二 上告の理由
1. 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな判例の違背がある。
(1) 即ち商標の称呼は、もともと、商標を構成する文字、図形もしくは記号、もしくはこれらの結合、またはこれらと色彩との結合したものから生ずべきものであるから、その称呼類否の判断をするにあたっても、その商標を構成する文字、図形もしくはこれらの結合から生ずる称呼にもとづいて判断すべく、単に対比しようとする両者の語音を抽出して類否を対比決定するだけで十分とすることができないのはむしろ当然である。然るに原判決は単に称呼のみを抽出し、そのアクセント例の位置を重視して、判断したものである(前記第一-2-(1))。
特に、本願商標「百合鴎」は「鴎」の一種として取引者、需要者間に広く知られているので(原判決も認めている)、鳥の名称として「ユリカモメ」と一連一体に称呼され、アクセントの位置によって、紛らわしくなるおそれはないにも拘らず、造語と認められる「ゆりかごめ」の称呼と極めて類似したと判断している。
この種商標類否の先例である東京高等裁判所判決(昭和三七年(行ナ)二〇一号、昭和三九年九月二九日判決)では、出願商標と、引用商標の外観、称呼及び取引の実情を考慮し本願商標「氷山、図付」と、引用商標「しょうざん」とは非類似の商標と判断している。
(2) 本願商標は、取引者、需要者間例に広く知られた鳥の名前の商標であるから、仮に原判決でいうようにラジオなどで聞いた場合にも、直ちに「百合鴎」を観念することになり、万に一つも小売等で別商品を買うおそれはない。
また引用商標の場合には「ゆりかごめ」であるから、商標から示唆きれる称呼のみが頼りとなり、他物を連想しないので、却って称呼中に「ゴ」の如き濁音があったことが記憶のよすがとなり、濁音のない本願商標との混同は生じるおそれはない。
2.原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反がある。
(1) 本願商標は、広く知られた鳥の名前であるから、これを聞いた取引者、需要者は、称呼により鳥をイメージし、これを記憶することは、日常茶飯事の記憶手法である。従って本願商標を聞いた取引者、需要者は直ちに「百合鴎」をイメージするから、その後小売店等に行って商品を求める場合にも、右のような鮮明な記憶を基にすることになり間違えるおそれはない。一方引用商標「ゆりかごめ」は、特定の観念のない造語であるから、商品を買い求める場合には、「メモ」をとり、又は称呼上の特徴(例えば濁音)に留意して商品を買い求めるから、間違えるおそれはない。
(2) 即ち本願商標は、底く知られている「百合鴎」として(又はユリカモメ号のユリカモメとして)記憶し、引用商標「ゆりかごめ」は、観念が不明、又はないので、却って記憶に努力するから間違えるおそれはない。
原判決は、右のような経験則を無視し、単にアクセントの位置とか、「モ」「ゴ」とが鼻音であるか否かに重点をおいて称呼類似を判断したもので、その誤りは明らかである。
3.原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
(1) 原判決は、本願商標の使用態様として「ラジオ」による広告、宣伝をあげているが、「ラジオ」によって、商品の広告宣伝する場合には、必ず販売者(又は製造者)名と共に、商標を宣伝する。例えば「明治のハイミルク」、、「森永のフランスキャラメル」、「不二家のペコちゃん」などであり、希に商標のみを称呼する場合には、当該商標が周知著名になっている場合である。従って万一商標の称呼が一字違いであっても「ラジオ」放送をもとにした商品売買の現場で間違えるおそれはない。
(2) 本願商標の指定商品たる菓子類は、通常メーカー-卸商-小売商の形態をとるが、この場合の取引は、主としてファクシミリ通信で行われ(甲第8号証)、希には長年取引関係のあった取引者、需要者間で電話取引の場合もある。従って新規取引を電話のみで行うことは皆無である。
(3) 称呼が近似していて間違いを生じる唯一の場合は、卸商の所に、「百合鴎」と「ゆりかごめ」の商標を付した菓子が共存している場合に、小売業者が初めて卸商に注文を出した場合に限られる。このような場合に、通常注文書をファクシミリ通信するのが常態であり、新規取引に際し、電話で、しかも商標名のみ知らせることは有り得ないにも拘らず、原判決は斯る場面を予想したものと考えられるので、事実誤認という外はない。
4.原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要な事項について判断を遺脱した違法がある。
(1) 原判決は、本願商標と、引用商標とが外観上著しく相違するにも拘らず、称呼のみ重要視し、菓子等の取引の特殊性との関連と外観が著しく相違する場合の称呼類似の判断を十分に行うことなく遺脱している。
菓子類の取引においては、小売業と需要者とは直接目視により商標をたしかめ、又はファクシミリ通信によるので、外観上著しく相違する場合には、称呼上近似していても別異の商品との判断ができるが、原判決は此の点について詳細な検討を加えていない。
(2) 本願商標は、取引者、需要者に広く知られた鳥の名前であるから、「ユリカモメ」の称呼を聞いた場合には、直ちに「百合鴎」を観念し、恰も「百合鴎」が媒体の如くなって、記憶を鮮明にする。仮に「ユリカモメ」を「ラジオ」宣伝で聞いた場合であっても同様である。右のように称呼、観念の広く知られた商標と、何等の観念を有しない造語の「ユリカゴメ」とは称呼のみならず観念上も判然と区別されるが、判決はこの点の検討をしていない。
前記のように、いずれの点よりするも原判決は違法であるから破棄されるべきものである。
以上